野宿をする為に用意したキャンプの傍から離れ、何度目かわからない溜息をヒューバートは吐いた。
 幼い手を引きながら、改めて横目で隣を見る。ぴょこぴょこ歩く足。ゆらゆら揺れる短いツインテール。アンバランスな程にちょこんと顔にくっいた小さい鼻と大きな瞳。何度見ても溜息しか零れなかった。この想定外な事態を誰が予想できていただろか。
 まさか、彼女。ソフィが子供になってしまうなんて。
「それにしても皆さん、何を考えているんでしょう」
 ヒューバートは眼鏡のブリッジをくいっと人先指で押さえる。本当は頭痛がしてきそうな米神を押さえたいくらいだ。
「ソフィがこんな状況になっているのに呑気なことを言っていて、本当に大丈夫なんでしょうか。まったく、あの人達の呑気さは理解していましたが、ほとほと呆れるとはこのことですね。誰一人もソフィを元に戻す方法を考えようとしないなんて――」
 彼女は幼くなり、その記憶や能力。今まで自らを守れた強い力さえも失ってしまったというのに。自分達が傍にいて守らなければいけない存在だというのに、何を考えているのだろう。
 思えば思うほど、頭に血が上るようだった。
 務めて冷静でいられるように理性に働きかけてはいるが、仲間達の一見無責任ともいえるような呑気さにヒューバートは呆れると同時に腹を立てていた。
「ひゅーばーと?」
 舌足らずな幼い声が名前を呼ぶ。
 ヒューバートはその声に反応するように顔を見下ろした。
 ことりと首を傾げながら見上げてくる深い色の瞳は、自分が知っている彼女の瞳と違わず純粋無垢な色そのもので、変わらないその瞳にヒューバートは微かに口元を緩めた。
「どうしたんですか?」
「ひゅーばーとくるしそうな顔してる」
「え?」
 言われたことが一瞬わからなかった。
「ずっとくるしそうな顔してるよ。いたいの? しんどいの?」
 紅葉のように小さくぷにぷにと柔らかい手で大きなヒューバートの手をくいくいと引っ張りながら、彼女は答える。瞳には陰りが見え、不安そうに眉が八の字に垂れ下がっていた。
「いえ。そんなことないですよ、心配をかけてしまってすみません」
 一応、安心させるように声をかけてみる。人の些細な反応にも敏感な彼女のことだ。もしかしたら、自分が彼女自身のことで頭を痛めているのを幼いながらにも気が付いているのかもしれない。そう思ったが彼女はヒューバートの言葉に安心したのか。
「よかった」
 と、言葉を返すと安心したように笑った。
 ソフィは幼くなっても変わらなかった。いや、元々彼女には人間らしい感情や表情が欠けていて、その変わり何にも染まっていない純粋な部分が多かったからだろうか。表情一つひとつ。言葉一つひとつが以前の彼女と変わらぬまま、彼女の能力だけがすべて失わけれてしまった状況だといっていいのだろうか。兄ではないが、それこそ守りたいと思わせる程に彼女は今。弱い存在だとヒューバートは思う。
 それは、まるで幼い頃の自分のように 
 幼い頃の自分は弱い存在だった。兄やソフィに守られている存在。弱くて、惨めで、泣き虫で。いつも二人の背中に隠れて魔物に脅え、置いて行かれないように必死になって追いかけていた。
 彼女は強くて、綺麗で。両親のように完璧な大人とはいえなかったが、幼い自分にとっては見上げた横顔もすらっと伸びた手足も大人の仲間入りをしているように思えて、憧れていた。兄の強さや真っ直ぐさ。自分に足りない部分を埋めるような活発さにも憧れを抱いていたが、それとは違う。彼女のようになれば、兄と対等になれるんじゃないかと。いつもいつも背中ばかりを追いかけている自分。弱虫で怖がりで弱い自分とさよならできるんじゃないかと。
 兄のように彼女のことも守れるようになるのだろうかと。
 いつも自分を守るように前方で戦う彼女の背中を見ながら、そう思っていた。
 再会してからもそうだ。彼女は何かと自分を気にかけ、援護に回る自分をフォローするように戦ってくれていた。仲間だから。そう言ってしまえばそうかもしれない。
 だが、今は違う。
 今は。今度は、幼い頃彼女がそうしてくれたように自分が彼女を守らなければいけない。仲間達が、呑気な素振りを見せているならせめて自分だけでも。ソフィが元に戻るまで、傍を離れないようにしなければ。ヒューバートは自分の手の二回り以上小さな、繋いだ手に力を込めながらそう思った。






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